ホームレスの名誉を挽回させるため、酒徒のアジト付近で慈善活動に励んでいるワシ。今度はランドリーショップに話を聞きに行ったところ、他店に嫌がらせしてほしいというなんとも嫌な依頼を受けてしまった。
どうにもワシは他店をおとしめて自分の店をよく見せようとか、そういう他人の足を引っ張るようなことをするやつが気に食わないらしい。
ワシは素直に依頼を受けたが、内心ではこのスパーニという男をどう懲らしめてやろうかを考えていた。
しかし、依頼どおりにという男の経営するランドリーに妨害工作をしなければスパーニからの評価を落ちてしまい、酒徒の名誉を挽回するという当初の目的のほうが達成されなくなってしまう。それは避けるべきだ。
でも、ワシはゼッヒという男に恨みがないどころかあったことすらない。できれば妨害工作なんてしたくないのだが、どうにかならないものか。
それよりも、スパーニに対して、いかにワシがやったとバレないように懲らしめるかが重要だ。できれば他人をおとしめるといった甘えた考えをしなくなるような懲らしめ方があればいいのだが、今は思いつかない。
ゼッヒの件も、スパーニの件も、どちらも今考えたところでいい考えは浮かばない。ワシはそういう時はとりあえず目の前のことから取り掛かることにしている。まずはゼッヒの店に行ってみよう。
スパーニの言うとおり、以前に世話になったスパルナという女性が運営している何でも屋の左隣にそのランドリーはあった。
スパーニのランドリーとは違い、ゼッヒのランドリーは一見ランドリーとはわからない。どちらかというとオシャレなカフェのような外観をしている。店内に入ると奥にあるカウンターの中でゼッヒと思われる男性が目を閉じてうつむいている。どうやら眠っているようだ。
店内はもちろんランドリーショップなので固定式のドラム型洗濯機が壁一面にならんでいるのだが、待合スペースにシックなテーブルとチェアが用意してあり居心地の良い空間を作っている。また、テーブルの上にはメニューが書かれた小さなロボットが座っており、見た目どおりに待ち時間でティータイムも楽しめるようだ。
何か工作をするならゼッヒが眠っている今がチャンスだ。幸い店内にも他の客はいない。
ワシは音を立てないようにこっそりと手近な洗濯機まで近づき、そしてーー
――やめだ。こんなことは常識人のすることじゃない。
ノーリスクで目的を達成できるという誘惑に一瞬流されそうになったがワシは思い直した。
ワシ「もし、ちょっといいか?」
ゼッヒ「……ん? あ、ああ。すみません。ちょっとウトウトしてしまっていました」
ワシが声をかけると、ゼッヒはゆっくりと起き上がる。大きく伸びをしたあと、ワシをみて慌てて身なりを整えている。
どうにものんびりとしてどこか憎めないような人柄だ、ワシはそう思った。
ゼッヒ「注文かい? それとも何か困ったことでもありました?」
ワシ「そうだな、困ったことがあるんだが、話を聞いてくれるかい?」
ゼッヒ「ええもちろん。私に解決できることならね」
ワシ「実はなーー」
ワシは酒徒と呼ばれるホームレスの名誉を回復するために奔走していること、その過程で近くにあったスパーニのランドリーも手伝うことになったこと。そしてスパーニからアンタの店に妨害工作をするように頼まれたことを全て話した。
ワシ「――というワケなんだ」
ゼッヒ「そうでしたか……」
ゼッヒは今の話を聞いても怒らなかった。むしろ悲しそうな表情をしている。
ゼッヒ「スパーニさんにそのように思われていたとはね。立地が違うのでうまく棲み分けできていると考えていましたが、どうやらそうじゃなかったみたいだ」
ワシ「そうかもな」
ゼッヒ「でも、その話を私にバラしてしまって良かったのですか? 妨害工作をするように頼まれたのでは?」
ワシ「それなんだが、今回の依頼はワシの理念に反するんでね、やらないことにしたんだ。ただ、この依頼を蹴ってしまうとワシらホームレスはますます生きていきにくくなってしまう。そこで折り入って相談があるんだ」
ワシは裏も表もなくストレッチに話を進める。
ゼッヒ「なんでしょう?」
ワシ「ワシがここで妨害工作をしたことにしてほしい。もちろん、誰がやったかはわからないがイタズラされたっていう形で」
ゼッヒ「ふむ。それならお安い御用だ。店の前にイタズラされたっていう張り紙をしておきましょう」
ワシの提案をゼッヒは快く受けてくれる。
ワシ「ありがとう。あともう一つ。ワシはこういうことをする奴が許せなくてな。どうにかスパーニを懲らしめたいと考えているんだが、なかなかいいアイデアが浮かばなくて。何かいい考えがあったら教えてほしいんだが」
目的の一つは達成した。もう一つの目的を達成できれば今回の任務はコンプリートとなる。ワシは有識者であるゼッヒに協力を求めることにした。
ゼッヒ「ふむ、そうですね。そちらは遠慮させてもらいたいですね」
ワシ「え?」
ワシはまさか断られることはあるまいと高をくくっていたため素っ頓狂な声を上げてしまう。
ワシ「え、なんでだ? アンタは大した理由もなくおとしめられそうになったんだぞ?」
ゼッヒ「商売人として、自分の店の売上を伸ばすためにあらゆることにチャレンジすることは間違いではないですよ。今回はたまたまその方法が間違っていただけ。それに、私の店は被害を受けていない。それならば仕返しをする必要がない」
そうでしょう? とゼッヒは微笑みかけてくる。
ワシ「だが……」
ワシはどうにも腑に落ちなくて思わず反論しようとしてしまう。
ゼッヒ「商売で大切なのはお互いに潰し合うことではなく、共存し、ともにいい流れに乗ることです。今回のことで、彼の店と私の店が同じ流れに乗っていないことがわかりました。これを機に彼に話をしてみてお互いにとっていい方向に進めるようにしてみようと思います」
キレイごとだ。ワシは話の内容は理解しつつも、どこか心のなかで納得できない自分がいることに気がついた。
ゼッヒ「はは。あなたもいずれわかるようになるかもしれないし、わからないかもしれない。ただ、世の中にはこういう考えで動いている人もいるってことを知っているだけでも今後、少しは生きやすくなるかもしれないですよ」
ワシの内心が顔に出ていたのか、笑顔でゼッヒに諭される。
ワシ「……まあ、アンタがそういうならワシもこれ以上は望まない。スパーニの店に報告しに行ってくるよ」
ゼッヒ「それがいいと思います。あ、ちょっと待っていてください」
そういうと彼はカウンターのコーヒーメーカーでコーヒーを入れ始める。
ゼッヒ「どうぞ。身体が温まりますし、心も落ち着きますよ」
ワシ「ありがとう。いただくよ」
ワシは淹れたてのコーヒーを少し口にふくむ。
淹れたてのコーヒーから立ち上がる香ばしい香りがゆっくりと蒸気とともに広がる。口の中にコーヒー特有のキリリとした酸味がじんわりと染み渡る。ゴクリとそれを飲み込むと不思議なほどに心が落ち着くのがわかる。
ワシ「美味しいな」
ゼッヒ「でしょう? またいらしてください」
店を出るといつの間にか外は雨模様だった。灰色の雲からシトシトと冷たい雨粒が次々に落下してくる。空気も凍てつくように冷たかったが、手に持ったコーヒーの温かさのおかげか不思議と体中をぬくもりが包んでおり寒さは感じない。
ワシはぼんやりと雨を眺めながら、さきほど聞いたゼッヒの言葉の意味を理解するために、雨が止むまで頭の中で会話を繰り返し思い出したのだった。
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