バー、公衆トイレでの慈善活動を終え、次に向かう先はランドリーだろうか。酒飲み学的に考えると、バーで酔つぶれ、トイレではき倒し、汚れた衣服を選択肢にランドリーに行く。こういった流れがあるんじゃないかと予想したわけだ。
ランドリーは公衆トイレから建物を挟んで反対側の道路沿いにある。ここはのっぺりとしていて一見お店とは気が付きにくいが、近づくと店全体が薄い水色になっているため一度身たら見間違えはしない。
ワシはこれまでと同様に人目でホームレスとわかるような格好をしているが、トイレ掃除のダメージが残っておりおそらく臭いし体調もすぐれない。人目でホームレスとわかる格好はいいがホームレスとわかる悪臭はアウトだ。あまりにも第一印象が低くなってしまう。服もビショビショのままなので、ワシは近くにある野良のドラム缶に走りより、急いで火を起こす。
この街は気温が日中でも0°を下回ることがある有名な冬の街だ。だから街のいたるところに野良のドラム缶が設置されており、暗黙のルールで誰が火を起こしても文句は言われない。というていで、実質はほとんどホームレスのための設備だ。市当局としてもそこらでホームレスが凍死するのは避けたいのだろう。また、ドラム缶があることで街なかの紙くずといったゴミはホームレスにとって貴重な熱資源となりうるため、無料で街のゴミ拾いもさせることができて一石二鳥とか思ってるかもしれない。
拾った新聞紙を懐から取り出し、ドラム缶の中に放り込み着火。一瞬で火が立ち昇り心地よい温かさがワシを包み込む。その間に、ワシは以前に手に入れていたとっておきのデオドラントを身体と服にかけまくる。あたりに人工的なミントの香りが漂う。よし、これで悪臭と服ビショビショ問題は解決だ。
加えて、ワシは手持ちの瓶入りコンブチャを取り出し、一気に飲み干す。なんとも言えない複雑な味が口の中いっぱいに広がる。ワシはこの味がそこまで嫌いじゃない。
ワシ「ふぃー」
コンブチャには強力な解毒作用があるとホームレス仲間のマイズナーから聞いたことがある。これで体調面も回復していくだろう。
身体が温まったタイミングでちょうどドラム缶の火も消える。よし、これでランドリーに行く準備は整った。ダメ押しでコーヒーを流し込み、疲労感も紛らわせる。
ランドリーショップの中を覗き込むと中年の男性が一人で新聞紙を読んでいる。あまり真面目そうなタイプには見えない。今は回っている洗濯機もなく客もいない。好機だ。
ワシは堂々と入店する。
スパーニ「いらっしゃ――あんた、ホームレスだな? ここに来るんじゃねえ」
おっと、いきなりご挨拶だ。しかし、逆に考えれば評価を上げる大チャンスともとれる。
ワシ「いやいや、ワシはただ何か困り事がないかなーと思ってだな、その、ここに来たんだ」
下手に考えながら話したせいか全然うまく話せなかった。なれないことはやるべきじゃない。
スパーニ「結構だ。最近もあんたらの仲間がここに来て、俺の静止も聞かずに汚れた服を靴ごとドラム型洗濯機に入れやがった。そのせいであの洗濯機は使用不可になっちまったよ」
ワシ「それは、悪かった。いくらで弁償すれば良いんだ?」
スパーニ「お前らに払える金額じゃねえよ。もう直したし」
ワシ「そうか、じゃあ埋め合わせとして他にできることはないか?」
スパーニ「やけに食い下がるな。なんだこれ? ドッキリか何かなのか?」
スパーニは本気でドッキリを疑っているらしく真剣にカメラを探し始める。それほどまでにホームレスが慈善活動をするということが信じられないのだろう。
ワシ「まあ、ドッキリでもなんでもいいじゃないか。アンタの困り事を解決させていただこうってんだ。どう転んでも悪い話じゃないだろう?」
スパーニ「まあ、確かに。うーん、そうだな。ちょうどアンタにピッタリの仕事があるのを思い出したよ」
ワシ「お、なんだ」
スパーニ「俺のこの店はとにかくもうひどい状況さ。儲けは少ないしどっかのホームレスが突然やってきて設備を破壊するし、もうウンザリしてるところだ。そんな中だ。同業のはずのゼッヒがやってるランドリーは繁盛してるんだよ。俺はそれが気に食わない」
ワシは少しずつ嫌な予感が確信に変わりつつあるのを感じていた。以前にこういう話を聞いた気がする。
スパーニ「俺の愛する前妻の店のとなりにあるランドリーなんだがな、ここでいっちょ妨害工作をやってほしいんだよ。俺の憂さ晴らしのためにさ」
ワシ「愛する前妻って?」
スパーニ「ああ、スパルナっていうんだ」
スパルナって以前に質屋をやっているアナトリーから妨害工作を頼まれた店の女店主だ!
そりゃ捨てられるわけだよ。彼女は真っ直ぐな気持ちで正々堂々と商売していた。アナトリーもその姿を見て(ワシの説得もあったが)改心したのだ。コイツは改心できなかったから捨てられたのだろう。ワシは勝手にそう思った。
ワシ「……で、妨害工作って具体的に何をしてほしいんだ?」
スパーニ「そこは想像力を働かせろよ。洗濯機の中に汚物を投げ込むとかさ。得意だろ、そういうの」
口調もそうだがコイツの考えが気に食わない。だが、こういうやつが一番ホームレスの苦情を行政に通報しそうだ。こういう時はうまくやらなければならない。
ワシ「……オーケーだ」
スパーニ「なに、何も経営破綻させろってんじゃねえ。少しばかり駅の治安の悪さってやつを教えてやってほしいだけだ。ザッヒの機嫌を損ねない程度に引っ掻き回してくれ」
ワシは頷き、楽しみにしといてくれと言い残して退店する。だが、頭の中ではゼッヒではなく、コイツをどう出し抜いて、どう懲らしめてやろうか。そればかり考えていた。
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