第26回 王になるために、覚悟を決めろ

 引き続き、酒徒の悪評を少しでも軽減するために活動している。全ては物乞い王となり、何者でもないワシが誰からも忘れられることのない存在となるために。

 そのために行うべき行動、それがトイレの詰まり解消である。

 ワシは改めて便器と向き合う。

 便器のフチ付近まで汚水が溜まっており、水が流れていない事は明らかだ。何日このままの状態だったのかはワシ自身のために聞かないほうが良いだろう。床や壁周りはピカピカに掃除されている。後はここさえどうにかなればキレイなトイレと言っても差し支えないだろう。

 さっきも確認したが、トイレ掃除用のラバーカップなどはこの怪物と戦って壊れてしまったらしい。つまり、この現状を解消するためには素手でやらねばならないということだ。

 横目でトイレの管理人を見ると、本当にワシが掃除をするのかどうか半信半疑と言った様子だ。無理もない。それほどまでにこのトイレは常軌を逸していた。

 ワシは上半身裸となり、便器の前に片膝をつく。

 もし、ワシがトイレ掃除を嫌がりここで逃げれば、酒徒メンバーにそのことは伝わるだろう。その結果、ワシはトイレ掃除から逃げた男として認識されることになるだろう。そんなやつが果たして王となるための選挙で投票してもらえるだろうか?

 答えは……否だ!

 ワシは意を決して便器の中に手をゆっくりと突っ込んでいく!

 思っていたよりも冷たく、そして汚い。全身に鳥肌がたったことがわかる。

 腕に感じる固形物の感触は全て無視する! 指先だけに集中し、詰まりの原因だと思われるものをひたすらにつまんでは引き抜いていく。

 ――どのくらいその作業をやっていたのか、永遠に感じるが実情は数分も経過していないだろう。あるものを引き抜いた時に不意に水の流れを感じた。ワシは手をゆっくりと汚水から引き抜き、キレイな左手でトイレのレバーを回す。

 あれほどワシを苦しめた汚水や汚物たちが一斉にトイレに吸い込まれる。代わりにきれいな透きとおった水が噴出される。

 成功した。

 ワシは心が死んでしまったのか、そのことに関して特に嬉しさや感動といった感情が湧くことはなかった。ただただ気持ちが悪い。だが、この賢者モードのうちにもう一つの便器も同様に解消してやらねばならない。

 ワシは詰まっている最後の便器の前に座り、同じように詰まりを解消した。

 ずごおおおぉおお……。

 便器の断末魔がトイレ内に響き渡る。トイレ掃除が完了したファンファーレなのか、汚物たちからのワシに対する呪言なのかはわからない。とにかくトイレ掃除は完了したのだ。

 完璧に麻痺した嗅覚ではワシの右腕がどれほどの異臭を放っているのか正常に判断はできかねる。

 とりあえず報告しなくては……。

ワシ「……終わったぜ」

 なにもかもな。と付け足したくなるのを必死でこらえた。

管理人「アンタ……アンタまじか。すげえよアンタ。男だよ」

 ワシは力なく管理人の顔を見る。

 感動しているのか目をかっぴらいてこちらを凝視していた。

管理人「と、とにかくこっちに来て。ホースで洗い流してやるよ。冷たいが我慢してくれ」

 手洗い場の蛇口にホースをセットした管理人がワシに手招きをする。それはトイレ掃除用のホースじゃねえか、と思ったが、この状態の右腕を放置するより百万倍マシなので大人しく指示に従う。

 清涼な水がワシの右腕を浄化していく……。右腕がキレイになっていくに連れ、徐々にワシの気持ちも回復していった。

 管理人はタオルとウエットティッシュ、石鹸も自由に使いなと言ってワシにいろいろ渡してくる。ワシは汚水や汚物が剥がれ落ちた右腕全体に石鹸をこれでもかとすり込み、洗い流した後にウエットティッシュで除菌する。なんなら最後に手持ちの酒で一番アルコール度数が高い酒を右腕に入念に揉み込んだ。

ワシ「なあ、ワシの右腕、まだ臭うか?」

管理人「すまないが、こんな場所を管理してる立場なもんでね。私も鼻が死んでるからぶっちゃけわからないよ」

 そりゃそうだ。

管理人「ただまあ、あれだけやれば大丈夫だろうさ。その証拠にほら」

 管理人が右腕を差し出してくる。ワシはおずおずと右手を前に出すと思いっきりその手を握られる。

管理人「まさか本当にアレを掃除してくれるとは思わなかったよ。ここ最近で一番感動した。毎日ここに来て1日中ここにいるからね。あの臭いのせいで気が狂いそうになってたんだが、これからはそんな思いをしなくて済みそうだ。本当に嬉しいよ。ありがとう!」

 ああ、これだ。例え相手が妙齢の太ったオバサンであっても、こんなに感謝されると本当に生きていると実感できる。これが、これこそがワシの存在する意味だ。ワシは改めてそう思った。

ワシ「いいんだマダム。感謝してくれてありがとう。そこまで言ってくれるとワシも頑張ったかいがあるよ。これからはホームレスの中にも良いやつがいるってことを覚えておいてくれたらワシも嬉しい」

管理人「これはほんのお礼だよ。またいつでもここを利用しな。アンタなら大歓迎だ」

 そういって管理人はチップを手渡してくれる。金額はそれほど多くはなかったが、ここ最近で一番重みのある収入だった。ワシはそれを大切に懐へしまい、お礼を伝えてトイレからでる。

 ――ああ、外の空気がこんなに美味しいと思ったのは生まれ変わってから初めてだ。生きてるってそれだけで素晴らしい!

 ワシは清々しい気持ちになり、トイレとの戦いは幕を下ろした。

¥¥¥残金:3241クラウン¥¥¥

・バッドステータス

◯ずぶ濡れ(重度)

◯疲労(重度)

◯病気(風邪)

◯毒素(軽度)

◯悪臭(軽度)

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