第40回 ホームレス、なんだかとってもいい気分

 細い注射針がワシにゆっくりと突き刺さり、注射器の中に充填されている液体がワシの中に入ってくるのがわかる。液体が入ってきたところがドンドン熱を帯びているからだ。

キティ「どんな感じ?」

 注射針を抜き、しばらくワシを観察していたキティが唐突に問いかけてくる。

ワシ「ああ……温かい……暑い」

キティ「心配しなくていい。よくあることだ」

 キティはそういいながら手元のノートに何かを書き留めている。

キティ「気持ち悪さは? 吐き気、頭痛、痙攣はある? 麻痺は?」

 その後も矢継ぎ早に質問が来るので、ワシは体調と相談しながら一つずつ答えていってやる。

キティ「なるほど。ありがとね」

ワシ「これで、終わりか?」

 半ばすがるような声でキティに念の為確認する。

キティ「いやいや、ダメダメダメダメ。少なくてもあと2回はテストしないと。大体1時間後に次のテストをやるよ。それまでに水とか飲んで体調を元通りに戻しておいてね。じゃないとできないから」

 ワシは昇りきった崖から突き落とされた気分になった。が、そこまでショックは受けなかった。脳みそがこれはショックなことだと認識しているだけで、気持ちとしてはそこまで落ち込まない。まだ頭がふわふわしている。

ワシ「……まだ、少しふわふわしているみたいだから、ちょっと歩いてくるよ」

キティ「あいよ。いっておいで。必ず戻ってきてね!」

 キティに念押しされながらもワシはこの部屋を出ていく。扉がしまる直前に中から「ろれつに問題なし」と聞こえたきがした。

 なんとなく気分がいい気がしたので外に出てみることにした。太陽の光が届かない曇り空、なんだかそれがとても素晴らしいことのような気がして嬉しくなった。

 あてもなく歩きだしてみる。ここらへんまで来ることは珍しい。いつもなら物乞いしながら歩くところだが今はただ歩いていたい気分だった。

 うきうき気分だったのだが、とちゅうで何回かころんでしまった。いたかったような気がするがいたみはかんじなかった。

 もうすこし先にいきたくなった。まよってはいけないのでまっすぐにすすむ。みぎあしをだして、ひだりあしをだす。あるくことをかんがえながらできるじぶんがすごくほこらしかった。あたまがいい気がした。

 ふときがつくとかわぞいのベンチがめにはいった。おれはまよわずそこにすわることをきめる。だれかにうばわれるまえにすわらなきゃいけない。

 はしってべんちまでいったのにえいえんにたどりつかない。やっとのおもいでおれはべんちにすわる。おしりのかんしょくがきもちわるい。ムシでもいるとおもっておしりをたたいてつぶす。それでもきもちわるいのでよこになることにした。

 なんだかさむさがきにならない。そのままめをとじてねむることにした。

 どれぐらいの時間が立ったのだろう。ワシは寒さに耐えきれなくなって目を覚ます。意識が覚醒した時、すでに身体は限界まで冷え切っていた。ブルブルガチガチと全体がシバリングを起こしている。あたりを見回してもここがどこなのかわからない。とにかく寒い。

 日が落ちていないことが唯一の救いだが、それもあと少しで沈んでしまいそうだ。とりあえずあたりを見回す。割と近くにドラム缶が設置されている。

 奇跡だ。

 ワシは可能な限り急いでドラム缶へ急行する。寒さのためか身体が意識と連動しておらずなんども転びそうになる。

 やっとの思い出たどり着いたワシは速攻でドラム缶に火を灯す。ボッという音とともに熱気が身体の表面にぶつかる。助かった。

 命の危機が去ったことで、なんでこんなことになったのかを冷静に考えられるようになった。

 キティのところで注射され、いろいろな質問に答えたところまではおぼろげに覚えている。あの注射のせいであることは間違いなかった。アレは危険だ。今後の人生に間違いなく悪影響だ。近づくのも危険。どうにかして別の方法でクロール達をどかす方法を考えなくては。

 そう思ったところで、いい考えが浮かぶわけではなく。とりあえずキティのところに戻って文句を言ってやろう。 そうだ、注射を断るとしても結局モイザーとは相談はするのだから、キティのところに行くのも手間ではない。一度手伝ったのだから協力を中断するにしても一言断っておくのが礼儀だろう。たぶん、それが人として普通のことのはずだ。うん。

 いつの間にか、ワシの意識とは関係なく、あそこに近づかないように決めたことがなかったことのように、あそこに行く理由ばかり考え出していることにワシが気がつくことはなかった。

¥¥¥残金:5703クラウン¥¥¥

・バッドステータス

◯中毒(軽度)

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